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2009/03/29 (Sun) 22:09
久しぶりに日記を書いた。一所懸命書いた。
今まで伝えようと思って伝えることができなかったことを書こうと思った。
でも、肝心なことはやっぱり書けなかった。

月曜日の朝、私は人生を終わりにしようと真剣に思っていた。
これまで、何度もそうしようと思い、そのたびごとに悔しさで何とか理由をつけて生き延びてきたけれど、もう悔しさも悲しさも何も感じなくなって、やっと逃げ出すことができると思っていた。

あなたが絶対にブログを見に来ない時間帯、土曜日の深夜から書き始めて、2時間くらい文章と格闘した。一日、遺品の整理に没頭して、見に来てくれていないことを確認すると、なぜだか馬鹿馬鹿しく思えてきた。

そんな文章を読んでください。
きっと、ゲームをしかけてきているだけだと思われるでしょう。そうだとしたら、そうなのでしょう。私には分かりません。

書けなかった肝心のことは、立ち直ることができたらお伝えできるのかもしれません。

では、どうぞ御覧ください。

2ヶ月近くも日記を書かなかったのは、もう何をするのも嫌になっていたから。
あなたが私のことをどう思っていたか、いろいろなことを思い出しては、ひとつひとつ理由づけを考えてみて、あるひとつの仮定が、どの記憶に対しても、あまりにうまく説明できてしまうことに気づいてしまったから。

でも、そんなことは私の気の持ちようだけの問題であって、そうだったとしても、そうでなかったとしても、そのこと自体を変えることはできないし、変える必要もない、ということも知識としては持っているし、実際、そういうものだろうと思ってもいる。だから、そのことだけで絶望してしまったというわけではない。きっかけのひとつだというのは間違いないけれども。

2ヶ月も経つと、いくら行動力のない私でも、身の回りにはいろんなことが起きてくる。そのどれもが、見事なまでに私を叩きのめしてくれた。それも私の受け止め方がいけないのであって、身の回りで起きたこと自体が悪いわけではないということくらい知っている。だけど、それに対抗する術までは知らないから、まともに喰らってしまったというわけだ。

美容整形のカウンセリングを申し込んだ。写真を送れという返事が来たので、慌ててデジカメで撮影して送ったら、それきり返事が来なくなった。確認のメールにも返答がない。どうやら手に負えないほど酷いらしい。予め、酷い顔だからどうにかしたいと言ってあったにもかかわらずだ。最新の医学をもってしても、私の顔は救いようがないということが分かった。これが一番つらかった。

ホルモン濃度の検査結果で、エストラジオールが測定限界以下だった。それは男性の基準値にも遠く及ばない。これではまさに更年期障害だ。ちゃんとMTFのレシピに従って服用しているのに。見た目の結果に表れないのは仕方がないから、せめて数値だけでも、という私の願いは木端微塵に砕かれてしまった。神も、もう諦めろと私に言っているのだろう。

父が死んだ。
最期はまさに眠るようだったらしい。「らしい」というのは、その場に居合わせなかったから。看取るつもりはさらさらなかった。私は父が大嫌いだった。気配を感じるだけで身の毛がよだつくらいに。今でもそれは変わらない。気配を感じることはなくなったけど、遺影が目に入るとぞっとする。
だから、死んだこと自体は喜ばしかった。安らかに息を引き取ったことが気に入らなかったことを除けば。あんなに手厚い看護を受けて、幸せな闘病生活だったことも。

母は今のところ生きる意欲を見せている。ただ、納骨が済んでもその気持ちが続くとは思えない。
母方の祖母が東尋坊から身投げしたことは以前書いた。母は目が不自由になってしまっているので、自死を選ぼうにも手段が限られる。「おばあちゃんみたいにはできないし」という言葉がすべてを語っている。

私にとっては、父の遺した物を整理して、債務も含めた相続財産を洗い出す作業が、当面の生きる目的となった。相続税の申告なんて、面白そうじゃないか。滅多にできるものでもないし。申告期限は年末だから、それまでは、なんて考えていたけれど、そんなに財産があるはずもない。どう考えても申告は不要。そのことが、どうやら確実になりそうなことが、この1週間ほどで判明した。

これまで訊きにくかったことを、母とたくさん話した。
母の父親は、40代で自殺していた。その前に離縁していたから、母は自分の父親を知らない。
父の父親は、知的障害なのか精神障害なのか、とにかく社会不適応者だった。だから、父も厳密には父親というものを知らなかった。
こういうことは、もっと早くに知っておくべきだった。父に対する見方も違ったかもしれないし、自分という人間が、どうしてこんなに駄目なのか、その理由を外に求めることができたかもしれなかったから。不惑の年になってから聞かされても、絶望を感じる以外にはないというものだ。

不幸は遺伝する。人は生まれたときはみな同じというのは嘘だ。遺伝という、この世で最も恐ろしいプログラムに対抗できるほどには、人間は強靭ではない。

何かを伝えることが無意味だと気づいてから、日記を書くことができなくなった。では、今はなぜこれを書いているのか。書けば、いつかはあなたの目に留まる。そうすれば、あなたは私に思い留まらせようとしてくれるに違いないと、どうやら私は期待しているようだ。

生きる言い訳が尽きてしまった。残るは苦痛だけの人生。仕掛り中の仕事はメモを残してある。遺産分割協議書くらいなら姉でもなんとかできるだろう。やりたいことは思いつかない。やり残したことも考えつかない。幸せだったと誤解していたころに好んで聴いていたCDを聴いてみた。涙は出なかった。

日記を書いている時点で、私がまだ生きていたいと思っていることは明らかだ。だけど、この先、何かきっかけになることが起きたら、きっと私はそれを実行に移してしまうだろう。その程度のことだ。場所は決めてある。会社のビルの地下のトイレ。滅多に人が通らないけれど、腐敗するまでには気づいてもらえるだろう絶好の場所。

以前感じていた恐怖は、今はない。現実味がないからか。そうは思わない。自分の意思によるものか、ほかからの圧力に屈してそれを選ばざるを得ないか、その違いだと思う。今は前者。年末は後者だった。

産業医の面談を受けた。無気力な私の態度を気にした様子で、いろいろ質問してくれた好意に応えて、もう死のうと思っていることを打ち明けてみた。型どおりのリアクションに失望したとともに、やはり、私のような者が生きていてはいけないことが確認できた。

・・・あなたに伝えておこうと思っていたことがあった。忘れるところだった。
あなたのところにある、私に関わるすべてのものを廃棄または消去してください。私が撮った写真、掲示板の書き込み、メール、あなたの中にある記憶、その他一切。私がこの世に存在したということ自体を抹消してほしいのです。

どうかお願いします。

最後になりましたが、2ヶ月間も更新されないブログを見に来てくださって、どうもありがとうございました。更新しないどころか、アクセスされたかどうかさえ見ていなかったのですが、さっきアクセス解析を見て驚きました。最後まで約束を守ってくれていたのですね。

あなたに対してはいろいろなことを思ってしまいましたが、今は感謝の気持ちでいっぱいです。
ほんとうに、長い間どうもありがとうございました。
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無題
整形のことやホルモンのこと、そしてお父さんのことと色々とあったのですね
めげてしまうことが続いて本当に辛かったと思います
それでもこころの奥底で生きたいという気持ちがあるのが何となく伝わってきます
わずかな気持ちだと思いますけど大事にしていきましょうよ
それにこのままだと切なく悔しく虚無なままで終わってしまうにゃんよ
りさにゃん 2009/03/30(Mon)10:56:59 編集
無題
「死ね」と書いてあるようにしか読めない。病院を紹介してほしい。
管理人 2009/03/30(Mon)11:53:06 編集
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